大判例

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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1739号 判決

控訴人

皆川睦雄

控訴人

皆川ヨネ子

右控訴人両名訴訟代理人

児玉安正

被控訴人

樫村明夫

右訴訟代理人

松崎保元

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人皆川睦雄に対して金二九四万六七二六円及び内金二六四万六七二六円に対する昭和五四年二月二日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を、控訴人皆川ヨネ子に対して金二七六万六七二六円及び内金二四六万六七二六円に対する昭和五四年二月二日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人らの負担とする。

この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人ら訴訟代理人は、「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。被控訴人は、控訴人皆川睦雄に対し金一〇三七万九二七八円及び内金九七二万九二七八円に対する昭和五四年二月二日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を、控訴人皆川ヨネ子に対し金一〇二二万九二七八円及び内金九五七万九二七八円に対する昭和五四年二月二日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、被控訴人訴訟代理人において、「本件事故に係る車両の運転に際し、被控訴人がその長女優子(当時二年八月)を抱いて被控訴人車を運転していたことはない。ただ同女は助手席に座つていたのである。」と陳述し、〈証拠関係略〉。

理由

本件事故の原因及び損害の発生について、原判決がその理由において説示するところ(原判決八枚目表五行目から一一枚目表四行目まで)は、当裁判所の認定もそのとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決九枚目表九行目から同裏四行目までを削除する。

そこで、過失相殺について判断する。〈証拠〉をあわせると、本件交差点は、南北に通ずる県道「日立いわき線」に西から市道が直角に突き当つて丁字路をなし、いずれも歩車道の区別のないアスファルト舗装道路で、道路の交通に関する規制及び指示を表示する標識及び標示がなく(本件事故当時)、交通整理が行われていない交差点であり、県道は北に向つて一〇〇分の二ほどの緩かな上り坂となつていて有効幅員が6.6メートルであり、市道は一〇〇分の三ほどの下り坂となつていて幅員が五メートルであるが(ただし、本件交差点の西側端の市道の隅切りによる開口部の幅員は約11.5メートルである。)、市道の幅員よりも県道の幅員が明らかに広いものであるとはいえない状況であること、市道の南側の土地で市道と県道とに扼された部分の角地は空地となつているが、台地状をなし、本件事故当時県道及び市道の路面よりも一メートル乃至1.5メートル高くなつていたことから、普通自動車を運転して県道を南から北へ進行して本件交差点に入ろうとするとき、左方市道への見とおしがきかないこと、また市道の北側の土地で市道と県道とに扼された部分の角地には建物及び擁壁等が構築されていたことから、車両を運転して市道を進行して本件交差点に入ろうとするとき、左方県道への見とおしがきかないこと、道路の交通に関する規制は、市道についてはないが、県道について制限時速四〇キロメートル、西側駐車禁止となつていて、交通量も市道の一分間一台の割合に対して県道が一分間一〇台の割合であること、被控訴人車が「ニッサン・グロリア」総排気量二〇〇〇ccの普通乗用自動車であり、但車が「カワムラ号」の普通自転車であること、被控訴人は、被控訴人車を運転して、県道を南から北へ時速約六〇キロメートルの速度で進行し、本件衝突地点の16.5メートル手前の地点に至つて、同地点の前方やや左約二〇メートル先市道のほぼ中央で、本件交差点の西側端直近の地点から、但が但車を運転して進行し、本件交差点に入ろうとしているのを発見し、急拠ブレーキを踏み、ハンドルを右に切つて避けようと努めたが、間に合わず、時速五〇キロメートルをくだらない速度で、被控訴人車のフロント・バンパー右前部を但車の前輪右側に衝突させて但を撥ね、同人を被控訴人車のボンネットに落下させると同時に同人の頭部を被控訴人車のフロント・ガラスの右前面に激突させて同部位のガラスを割り、同人の頭部を肩口まで右のガラス破損部に貫通させ、右貫通によつて同人に右頸動脈切断並びに気管及び食道断裂等の傷害を与え、よつて出血多量によりその場で同人を死亡するに至らしめたこと、但は、但車を運転して市道を通行し、本件交差点に入ろうとした際あらかじめ徐行し又は一時停止をすることなくして、本件交差点の西側端直近の市道の中央で、本件衝突地点の3.5メートル手前の地点から本件交差点に入り、交差点における普通自動車の右折方法に倣い、あえて本件交差点の中心の内側を通行する進路方向をとり、時速約一三キロメートルの速度で交差点内を通行しようとして本件衝突を招いたこと、被控訴人及び但はつとに本件交差点附近の道路及びその交通の状況を熟知していたことが認められる。

右の認定事実によれば、本件交差点において交通整理が行われていないうえ、左右の見とおしが右認定のとおりきかない交差点であるにもかかわらず、被控訴人が被控訴人車を運転して県道を南から北へ進行して本件交差点に入ろうとし、折柄但が但車を運転して市道を西から東へ進行して本件交差点に入ろうとしたとき、いずれも徐行することなく、漫然と本件交差点内を進行しようとしたことによって本件衝突を惹き起したことが明らかであるから、被控訴人及び但は徐行すべき場所において徐行することを怠つた過失があるものというべきである。

しかしながら、車両の衝突によつて生じる危害は、当該衝突による衝撃が大きいほど大きく、さらに衝突による衝撃は、その車両重量及び衝突速度が大きいほど大きいことは経験則上明らかであるところ、すでに認定したとおり、車両重量においては、但車が、普通自転車で軽車両級の最たるものであるのに対し、被控訴人車が排気量二〇〇〇cc級の普通乗用自動車の重量(〈証拠〉によると、ニッサン・グロリア級の車両総重量一六〇〇キログラム内外であることが認められる。)であり、衝突速度においては、但車が時速約一三キロメートルであるのに対し、被控訴人車が時速五〇キロメートルをくだらないのであるから、被控訴人車の本件衝突による衝撃は、但車のそれとは比較を絶し、後者を圧倒して余りあるほど激甚なものであつたというべく、但が本件衝突によつて撥ねられてから頸動脈切断等の傷害をこうむるにいたるまでの前叙認定の人体の飜弄は本件衝突による被控訴人車の衝撃の激甚を如実に具象するものというべきである。したがつて、ひとしく、交差点に入ろうとするとき、徐行することを怠つた過失があるとはいえ、その過失は、普通自転車たる但車を時速約一三キロメートルの速度で運転して本件交差点内を通行しようとしていた但と、普通乗用自動車たる被控訴人車を時速約六〇キロメートルの速度で運転して本件交差点に入ろうとしていた被控訴人とでは到底同日の論でないといわなければならない。よつて、本件事故における過失割合は、被控訴人が六で、但が四であるとみるのが相当である。

なお、控訴人らは、本件事故における被控訴人の過失として、被控訴人車が前照燈をつけないで本件交差点に入つたと主張し、その陳述に係る準備書面(昭和五四年一〇月八日付及び同五五年一〇月三日付)において、但車が徐行及び一時停止をすることなくして本件交差点に入つた事実から、但は被控訴人車が本件交差点に入ろうとしたことに気づかなかつたものであると推定し、さらに右推定に係る事実から、被控訴人車は前照燈をつけないで本件交差点に入つたものであると推定すべきであるというけれども、右各推定自体にわかに賛同しがたいものというべきである。

また、本件事故に係る車両の運転に際し、被控訴人の長女優子(当時二年八月)が被控訴人車の前部座席(運転席で被控訴人に抱かれていたかどうかはしばらく措く。)に同乗していたこと、及び但が後部荷台に相馬博(当時一三年)を同乗させ、前照燈等の燈火をつけないで但車を運転していたことは当事者間に争いがないが、被控訴人車における優子の右同乗並びに但車における右の二人乗り及び無燈火が本件事故の発生につきどのようにはたらいたかは主張自体必ずしも明らかでないし、本件事故発生の一因たりえたことを肯認するに足る証拠もないから、右は過失相殺につき斟酌するに足りないものというべきである。

本件事故による損害の発生は、前認定のとおり、控訴人睦雄につき但の逸失利益で相続に係る一二六三万八一二八円、葬儀費用三〇万円及び慰藉料四〇〇万円合計一六九三万八一二八円、控訴人ヨネ子につき但の逸失利益で相続に係る一二六三万八一二八円及び慰藉料四〇〇万円合計一六六三万八一二八円であるが、前記過失割合六対四で相殺すると、填補されるべき損害は、控訴人睦雄につき一〇一六万二八七六円、控訴人ヨネ子につき九九八万二八七六円であることが計算上明らかであるところ、すでに右損害の一部填補があつたこと、及び弁護士費用に係る損害があることは、原判決の理由説示(原判決一二枚目裏二行目から一三枚目表二行目まで。ただし、原判決一二枚目裏八行目「九五万二九一四円」及び同九行目「八〇万二九一四円」をそれぞれ「二六四万六七二六円」及び「二四六万六七二六円」と、同一三枚目表一行目「一〇万円」を「三〇万円」と改める。)のとおりであるから、これを引用する。

そうすると、被控訴人に対して請求することができる損害額は、控訴人睦雄につき二九四万六七二六円、控訴人ヨネ子につき二七六万六七二六円となるから、控訴人らの被控訴人に対する本訴請求は、控訴人睦雄が二九四万六七二六円及び内二六四万六七二六円に対する本件不法行為時の後である昭和五四年二月二日以降支払済に至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、控訴人ヨネ子が二七六万六七二六円及び内二四六万六七二六円に対する同期間及び同割合による遅延損害金の支払いを求める限度においてそれぞれ理由があるから、これを認容し、その余はいずれも失当として棄却すべきである。

よつて、本件控訴は一部理由があり、右と異なる原判決を変更することとし、民訴法九六条、八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(中川幹郎 髙橋欣一 菅英昇)

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